むぎ茶の資料室

いままで書いてきたものを残していきます。

人生を豊かにしてくれるもの

ある日SMバーでお話していたときに、初対面の女性が横に座りました。とても美人なショートカットの方でしたが、酔っていたみたいで、急に私のほうを向いて「だあからぁ!!何か発散したいものがあるから変なプレイをするんでしょう!」と話し始めました。そんなことを聞かれても、私は物心ついた時から"変なプレイ"を妄想し、それを実現させたらどんなに幸せなんだろうと思っていましたから、そのときは終始狼狽えてしまいました。


変なプレイをしたいと思う気持ちって、何か大元のストレスがあることが原因なのでしょうか。


私の性の目覚めは5歳ぐらいで、女性が苦しんで何かを生み出すシーンが好きだったので、セーラームーンの女の子たちが出産するシーンをずっと妄想していました。とてもストレスの掛かる特殊な家庭だったため、こういう性癖のこじれ方をした自覚があります。思春期も「認められたい」という感情が非常に大きかったので、それを満たされなかったり、周りからの圧力に耐えかねて、SMプレイに焦がれるようになったのだと思います。

そういう何かしらの問題から逃げるためというか、自分のストレスから生まれるエネルギーの発散先として、私の人生には常に変態プレイがありました。


ですがいまは環境も大きく変わり、思いもよらずではありましたが、自分が望んでいた以上に幸せな環境に身を置けて、充実した毎日を送れています。もちろんすべてうまくいくわけではありませんが、お仕事場やお友達に支えられて、安定して暮らすことができています。心の隅にずっとあった愛情に飢えていた子供のような感覚も無くなりました。


私も正直怖かったのですが、こういう安定した環境に身を置くと、変態プレイへの意欲が減ってしまうか、無くなってしまうのではないかと思っていました。プレイ全般への欲求は、不健康だからこそ生まれるエネルギーで、私が心身ともに健康で幸せになってしまうと、性癖が普通になって「なんでこんなことに自分は興奮していたのだろう」って馬鹿らしく思う日がやってくるのだと想定していました。


実際には本当に、全く、そんなことはありませんでした。

全然スカトロプレイで興奮するし、露出も何なら前より好きです。マゾに対しても一層興奮するようになりました。少し変わったことといえば、ただただ子供のころから好きだった「大人が苦しんでいる姿」をちゃんと好きになり、私の中のS性が鮮明になったことぐらいです。健康になったことで、自分の中にあるぐちゃぐちゃとした感情が片付き、真っすぐ他者と向き合うことができるようになりました。昔興奮していた作品を見て「なんでこんなもので興奮していたのだろう」と思うことも特に無かったです。


ストレスのスケープゴートとしてではなく、今の私にとっては自分の人生を豊かにするために変態プレイやSMプレイが存在しています。


あの時のお姉さんの言葉がずっと引っかかっていて、しばらく考えていました。

いまならその"変なプレイ"も美容みたいなものですよって、もしかしたら答えてあげられるかもしれません。